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弾性表面波(SAW)デバイスシミュレーション技術入門

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■体裁:A4版364ページ
■発刊:1997/09/28
■ISBNコード:4-947655-99-2

【著者】
橋本 研也

【序文】
1886年に英国のLoad Rayleighによってその存在を予測された弾性表面波(surface acoustic wave,SAW)[1-1]は,その後一世紀もの間地震学的な興味に留まっていた。ところが,1965年にWhiteらによってすだれ変換子(interdigital transducer, IDT)によってSAWが効率的に励振できることが明らかになり[1-2],状況が一変した。即ち,IDTのパターンを適切に設計することにより,線形位相で任意の周波数特性を持つトランスバーサルフィルタが合成することができる上に,半導体集積回路作成技術であるホトリソグラフィ(photolithography)技術の適用により,IDTが極めて微細に,高精度に,しかも大量生産っすることが可能となったためである。
それ以来,欧米では軍用レーダ等用の遅延線やパルス圧縮フィルタ,さらには高安定発振器用振動子等への応用を目指して研究が進められ,初期の段階より軍用機器や商用通信機器などに実用化されていった。このころの動向は種々の論文誌の渡航集合[1-3,4,5]やSAW発見100年を記念して開かれたシンポジウムの予稿集である文献[1-6]等に記載されている。その後,SAW設計・製作技術の確立と,マイクロコンピュータに代表されるデジタル処理技術の急速な発展により,軍事技術としてのSAWデバイスの重用性は年々低下してしまい,それに伴う軍からの援助停止・縮小によって殆どの大学関係者がSAWの分野から離脱してしまった。さらには冷戦が終了するに至って,現在では企業においても軍関連の新規研究開発はほぼ皆無となってしまった。
一方,日本では1960年代より民生・通信機器への適用を目的として盛んに研究が進められた。そして,1977年のテレビ用中間周波(intermediate frequency,IF)フィルタ実用化[1-7]を皮切りに,VTR,ページャ等の家電製品にフィルタや共振子として多用され,SAWデバイスの応用分野が確立されるに至った。しかし,それに伴う市場の確立と低価格化は,数多くの企業のSAWの分野からの撤退を引き起こし,残った企業でも研究部門が縮小され,研究活動も衰退した。
ところが,近年,携帯電話に代表される移動体通信(mobile communication)市場が急速に拡大し,それにSAWデバイスが多用されることになり,状況は一変した。即ち,それまでSAWデバイス生産を継続していた企業ばかりでなく,数多くの企業が新規もしくは再参入し(文献[1-8]参照),現在では日本国内でも20を越す企業がSAWデバイスを生産している。市場拡大は同時に競争の激化も引き起こし,ユーザの携帯端末の小形化・省電力化の要求に対応するため,数多くの技術革新が達成された。これにより,SAWデバイスに対する以前の通念,即ち,挿入損失が大きい,耐電力性が小さいといったものが一掃され,携帯電話用のアンテナ分波器といった極めて厳しい仕様のものも実現されている。また,以前は1GHzが実用的なSAWデバイスの周波数上限と考えられてきたが,超LSI用微細加工技術の導入と設計,作成プロセスの高度化により,既に2.5GHzに達するデバイスが大量生産されるに至っている[1-9]。今後,デジタル通信方式の高度化が予想され,それに伴って,SAWデバイスへの要求がより一層厳しいものとなることは必須である。
さて,筆者は1977年に千葉大学 山口正恒教授の基に卒業研究生として配属以来これまで約20年間,SAWデバイスの研究に関ってきた。最近ではデバイスの高速・高精度シミュレーション技術を中心的課題としている。筆者等の研究に興味を持って下さる企業の研究者の方と議論する際,「SAWデバイスの良い教科書では無いですか?」もしくは「そのことはどの本に書いてありますか?」との質問を受けることが多い。残念なことに,これまでこの問に対して質問者を失望させる様な答えしか返せなかった。即ち,内外を問わず,これまでに出版されている多くSAWデバイスに関する書籍[1-10,11,12,13,14,15,16,17,18,19,20]の殆どは,移動体通信市場が活発化する以前に記述されたものであるため,トランスバーサルフィルタに関する記述が主で,最近の移動体通信用デバイスで多用される共振子を利用したフィルタやSHタイプの波動を利用したデバイスに関する記述は少ない。また,ここ10年程の間に急速に発展した計算機シミュレーション技術に関する記述はさらに少ない。
本書は,これまでの書籍では包含されていない共振子構造を利用した種々のフィルタの構成技術やSHタイプの波動を利用した高性能SAWデバイスに対するシミュレーション技術をできるだけ詳細に,かつ簡潔に解説することを目的としている。そのため,全般的に記述内容の簡略化を目指したが,本書中で述べるデバイスの高精度設計やシミュレーションを行うのに必要なモデル化手法と並びにそれに関連した理論的裏付けに関しては,ある程度詳細に説明した。
また,本書はSAWデバイスの教科書として書かれたものではなく,他書の不十分な部分を補足する目的で書かれていることを注意して頂きたい。即ち,デバイスの作製技術,パッケージング技術,測定技術等の事業化する上で重要な事柄や,デバイスの最適設計技術について,本書は殆ど触れていない。
第2章では,波動としてのSAWを含む弾性波動の伝搬・励振に関する諸特性を説明する。SAWデバイスを単なる電子回路素子として扱ってきた読者には若干敷居が高いかも知れないが,数式をなるべく利用せずに,物理的意味を説明するように努力したつもりである。
第3章では,SAWデバイスの最も重要な構成要素であるグレーティングについて,その基本特性を概説すると共に,等価回路に基づくモデル化手法並びに基本的特性について詳細に述べる。また,グレーティングの電気的摂動の取り扱いに有効なBlφtekjaerらの手法[1-21,22]についても解説する。
第4章では,SAWの励振・検出に利用するIDTの基本特性やモデル化手法を詳細に説明する。また,SAWデバイスの周辺回路とのインピーダンス整合の重要性について述べると共に,今後重要性が増すと思われる方向性トランスジューサについても説明する。また,近年シミュレーションやデバイス解析に利用されることが多いp行列法[1-23]についても説明する。
第5章では,代表的なSAWデバイスであるトランスバーサルフィルタについて,その動作原理を説明すると共に,モデル化技法,スプリアス特性の解析,さらには基本的設計法を述べる。また,移動体通信デバイス用中間集はフィルタとして急速に進歩した,一方向トランスデューサ等を利用した低損失トランスバーサルフィルタの構成法並びに特性についても言及する。
第6章では,もう一つの代表的なSAWデバイスである共振子について,その動作原理やモデル化技法を説明すると共に,それを利用した種々のフィルタの構成法並びにその特性について説明する。
第7章では,SAWデバイスの性能を決定する基板材料の諸特性と選択方法について説明すると共に,実効誘電率[1-24]を利用した基板材料の評価法について説明する。また,代表的な基板材料の諸特性を紹介している。
第8章では,SAWデバイスのシミュレーション技法として多用されているモード結合理論について詳細に説明する。モード結合理論の基礎から,SAWデバイスへの適用方法,シミュレータの構成法から具体的なシミュレーション手順に至るまで,詳細に記述している。
さらに,第9章では,現在商用デバイスで多用されているSHタイプのSAWについて,その波動としての特徴と通常のレーリーSAWとの差異を詳細に解説すると共に,モード結合理論に基づくシミュレーション技法について説明する。
付録には,この書籍の内容を理解する上では特に必要はないが,SAWデバイスに関連する基礎知識として重要な幾つかの項目を説明している。
付録Aでは,弾性理論の基礎を与えると共に,波動方程式並びにSAW等の固有モード分散特性の導出,さらには実効誘電率の導出・評価法を説明している。
付録Bでは,SAWデバイスが多用されている通信システムについて解説している。これまでのアナログ通信に始まり,民生通信にも積極的に取り入られつつあるデジタル通信方式について,その原理や回路構成,必要とされるデバイスについて言及している。
付録Cでは,筆者等が開放しているSAWデバイス解析用フリーソフトウェアについて紹介している。


【目次】
第1章 まえがき

第2章 バルク波と弾性表面波
2.1 バルク波
2.1.1 固体中での弾性波
2.1.2 波数ベクトルと群速度
2.1.3 境界でのバルク波の振る舞い
2.1.4 回折現象
2.2 導波現象
2.2.1 全反射とエバネセント場
2.2.2 導波路
2.2.3 導波路同士の境界での振る舞い
2.2.4 開放導波路
2.3 半無限基板への波動と励振
2.3.1 L波とSV波の励振
2.3.2 SH波の励振
2.3.3 漏洩表面波
2.2.4 漏洩波と非漏洩波
2.2.5 SSBW

第3章 グレーティング
3.1 基本構造
3.1.1 作成法と概要
3.1.2 反射中心
3.2 無限周期構造の振る舞い
3.2.1 ブラッグ反射
3.2.2 エネルギー蓄積効果
3.2.3 ファブリ・ペロー共振器
3.3 等価回路解析
3.3.1 解析手法
3.3.2 パラメータと反射特性の関係
3.4 金属グレーティング
3.4.1 金属グレーティングの基本特性
3.4.2 SAWの近似的分散特性
3.4.3 近似特性

第4章 すだれ変換子
4.1 基本特性
4.1.1 双方向性すだれ変換子
4.1.2 一方向性トランスジューサ
4.2 静電的特性
4.2.1 電荷分布
4.2.2 電気機械結合係数
4.2.3 エレメント係数
4.2.4 より複雑な電極構造の場合の解析法
4.2.5 IDT端の影響
4.3 IDTのモデル化
4.3.1 デルタ関数モデル
4.3.2 等価回路モデル
4.3.3 その他のモデル
4.4 周辺回路の影響
4.4.1 概 要
4.4.2 スミス図とIDTの接合
4.4.3 電気機械結合係数と達成可能な帯域幅
4.5 p行列
4.5.1 概 要
4.5.2 p行列による諸特性の導出
4.5.3 方向性IDTの検討
4.6 バルク波放射
4.6.1 位相整合条件
4.6.2 放射特性

第5章 トランスバーサルフィルタ
5.1 トランスバーサルフィルタの原理
5.1.1 重み付け
5.1.2 重み付けしたIDTの基本特性
5.1.3 周辺回路の影響
5.2 トランスバーサルフィルタの設計
5.2.1 フーリエ変換法
5.2.2 レメッツ交換法
5.2.3 線形計画法
5.3 スプリアス応答
5.3.1 回折効果
5.3.2 バルク波スプリアス
5.3.3 その他の寄生効果
5.4 低損失トランスバーサルフィルタ
5.4.1 多IDT構造
5.4.2 単相一方向性IDTの利用
5.4.3 SPUDTと反射器を組み合わせたフィルタ

第6章 共振子
6.1 一端子対共振子
6.1.1 概 要
6.1.2 ファブリ・ペロー共振器モデル
6.2 スプリアス
6.2.1 ビームの広がりと横モード
6.2.2 横モードの解析手法
6.2.3 バルク波放射の影響
6.3 二端子対共振子
6.3.1 概 要
6.3.2 ファブリ・ペロー共振器モデル
6.3.3 多重モード共振子フィルタ
6.3.4 共振子の従属接続
6.4 インピーダンス要素フィルタ
6.4.1 p型フィルタ
6.4.2 ラティス(格子)型フィルタ
6.4.3 ラダー(梯子)型フィルタ

第7章 基板材料の選択
7.1 基板材料とデバイス特性の関係
7.1.1 基板方位の定義
7.1.2 基板・電極材料のデバイス特性に及ぼす影響
7.2 実効誘電率による基板の評価
7.2.1 実効誘電率と物理量の関係
7.2.2 諸特性の近似評価法
7.3 種々の基板の特性
7.3.1 水 晶
7.3.2 LiNbO3
7.3.3 LiTaO3
7.3.4 Li2B4O7
7.4 薄膜圧電材料

第8章 モード結合法解析
8.1 モード結合理論の基礎
8.1.1 コリニア結合
8.1.2 周期構造結合
8.1.3 励振問題
8.2 SAWデバイス用モード結合理論
8.2.1 SAWデバイス用モード結合方程式の導出
8.2.2 他の形式のCOM方程式
8.2.3 電気抵抗の組み込み
8.2.4 具体的な問題
8.3 COMパラメータの決定法
8.3.1 摂動論的手法
8.3.2 波動論的手法による決定法
8.3.3 複数の電極からなるIDTの解析
8.4 シミュレータの構成法
8.4.1 SAW素子自体に対する構成法
8.4.2 周辺回路素子の組み込み
8.4.3 シミュレーション例

第9章 SHタイプSAWのシミュレーション
9.1 SHタイプSAWの物理
9.1.1 まえがき
9.1.2 実効誘電率特性
9.1.3 金属グレーティング上での振る舞い
9.1.4 IDTの電気的特性
9.1.5 後方散乱バルク波の影響
9.1.6 有限長グレーティングの影響
9.2 SHタイプのSAW用モード結合理論
9.2.1 モード結合パラメータの決定法
9.2.2 シミュレーション結果
9.2.3 レーリーSAWに対するCOMパラメータ

付録A.弾性波の物理
A.1 固体の弾性
A.2 圧電性の組み込み
A.3 弾性表面波の導出
A.4 6mm基板の弾性波の振る舞い
A.4.1 弾性表面波
A.4.2 BGS波基板の実効誘電率
A.5 波動励振強度の求解
A.5.1 積分路
A.5.2 静電結合の寄与
A.5.3 BGS波の寄与
A.5.4 バルク波放射の寄与
A.6 Plesskyの分散関係式の導出

付録B.SAWデバイスが利用される通信システム
B.1 概 要
B.2 アナログ伝送系
B.2.1 変調方式
B.2.2 送受信機の構成
B.3 デジタル伝送系
B.3.1 概 要
B.3.2 デジタル変調方式
B.4 デジタル伝送用フィルタ
B.5 多重化
B.5.1 周波数分割多重
B.5.2 時間分割多重
B.5.3 符号分割多重

付録C.フリーソフトウェアによる弾性表面波特性の解析
C.1 フリーソフトウェアプロジェクト
C.2 配布ソフトウェア
C.2.1 EPS
C.2.2 VCAL
C.2.3 FEMDSA
C.2.4 OBLIQ
C.2.5 MULTI
C.2.6 COM
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